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2024年6月 1日 (土)

能登半島地震の現場を視察して

 5月11日、12日に石川県を訪問し、能登半島地震の現場を視察した。Image3 珠洲市をはじめ被災したほぼすべての市町を元県会議員北野進さんの案内で視察させていただいた。珠洲市までに行くまでに道路が各所で崩落し、片側通行を余儀なくされていた。地震、津波被害の凄まじさを目の当たりにした。地震で隆起した港、珠洲原発予定地を視察した感想として、珠洲原発を作らせないために長年に渡り多くの住民が原発建設反対の運動を粘り強く展開し原発建設断念させたことに感銘すると共に地震で隆起した原発予定地を見て原発が建設されなかったことが、能登半島全体を始め、周辺の放射能汚染を防ぐことにつながったと確信した。

Image2_1 志賀原発を視察では、サイト内の地震で被災した箇所の多いこと、原発建屋が道路のすぐそばであるのに驚いた。視察して、原発に頼らないエネルギー政策の必要性を再認識した。

(運営委員会代表・櫻井勝延)

2024年5月15日 (水)

草の根運動の先駆者から学ぶ

 森びとでは、4月6日に一般社団法人日本鉄道福祉事業協会との共催で「原発回帰と気候変動に向き合う生活を考える」意見交換会を開催しました。メインは科学ジャーナリストの倉澤治雄さんから原発総体を考える問題提起をいただくともに、今年1月1日に発生した能登半島地震で被災にあわれた塚本真如さんにビデオメッセージを受けて意見交換することでした。塚本さんのことで言えば、2月の新聞記事で1975年に珠洲市で原発建設計画が持ち上がり、2003年に建設の中止するまでの28年間の闘いを指導してこられ、今回の地震を受けて、見知らぬ人から当時の(珠洲市での)原発建設反対の闘いに感謝するメッセージが寄せられたことが掲載されていました。新聞社を通じて塚本さんを紹介していただき、話を聞くことができる機会をえました。

1715775786656 塚本さんは1月12日まで道路や携帯の電波が遮断されていた中におり、もし停止中の志賀原発が稼働していたら、海に逃げなくてはならなかったということだったのかもしれません。印象的な言葉として「日本人は(原発事故を)すぐに忘れてしまう。他人事」「はっきりとNOを言わない人が多い」「子や孫の世代に胸を張れる生き方をしなければならない」と言っていました。意見交換会での倉澤さんの写真で塚本さんの取材をされた様子が掲載されていました。3.11から13年が経ち、政府は原発を稼働させようと躍起になっています。この間の歴史を見ると、嫌らしいことに経済的に厳しい自治体の弱みに付け込んで原発の建設や核のゴミの受け入れを認めさせるやり方がまかり通っています。

 政治家や行政への批判は最もですが、同時に市民である私たちが自分たちの場でのいのちと生活を守るための運動づくりが大切であることを塚本さんたちの闘いで学ぶことができました。来月になってしまいますが、珠洲市や志賀町を訪れ、私たちに何ができるのだろうか掴んで発信したいと思います。

 最後に紹介したい本があります。桂書房さんから発刊されている『ためされた地方自治』です。是非、ご一読下さい。(運営委員・小林敬)

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2024年5月 7日 (火)

”つながり”から過去や未来をみつめる大切さ

20240507 「みちくさ」での出会いと森づくりで教えられたことは、人は森に寄り添っていかなければ生きていけないということ。「みちくさ」の建物は1902年に廃村になってしまった松木村跡地にある。銅の精錬過程で排出された煙害で農作物を育てられなくなった村びと。唯一、現金収入源であった桑の木も枯れ、養蚕が成り立たなかった。台風や大雨が降るとハゲ山から一気に雨水が松木川に流れ、洪水被害とともに下流の渡良瀬川流域の農民の生業も奪い、流域民の健康被害を強いた。来年は足尾の銅の精錬150年だが、森と人との“つながり”を衰弱させた傷跡は今でも消えることはない。20240507_2 自然界と人間との“つながり”から人間活動の歴史を振り返ると、人間が生きていくうえで超えてはならないガードラインがあるように思う。「地球環境の三重危機」(『毎日新聞』5/4社説)と向き合わなければならない私たちにとっては、エコシステムが健全に機能し、バランスがとれる範囲内の人間活動ということを基底にすえることではないかと思う。20240507_3 (森びとアドバイザー・高橋佳夫)

2024年5月 6日 (月)

自然界と人との”つながり”を健全にしたい生活を求めて

20240506 自然界と人との“つながり”、人と人との“つながり”が様々な出会いによって身心に蓄積されるとそれは生活の糧となり、人間社会や自然界と向き合う視点が拡がり、やがてそれは森に寄り添う人の知恵になっている。「みちくさ」での出会いや足尾の森づくりではその体験ができとても嬉しく思う。20240506_2    2011年の「みちくさ」

 足尾松木沢では様々な原因で鹿の死骸が見つかる。悪臭がするので人は穴を掘って死骸を埋めるが、翌日にはその穴は掘り起こされ、死骸は動かされている。この地にはツキノワグマやキツネが棲息している。鹿の死骸は肉食動物の栄養源。食べ残された部位の骨や皮は土壌分解動物たちが分解し、土へ還元してくれる。少しの間、人は我慢すればよい。20240506_3 煙害後の松木村跡の荒廃地に植えられた苗木にとっては土が改良されると有難い。元気に生長する樹々は二酸化炭素を吸収して酸素を排出してくれる。若葉は虫たちの餌にもなり、森は野鳥の子育てや寝床になる。人は、若葉の輝きや野鳥の囀りに心が癒される。20240506_420240506_5 私たちの森作業はこの“つながり”を衰弱させないように、壊さないように心掛けている。森の手入れ方法をめぐっては真剣に話し合う。スタッフを気づかいながら、優しくも厳しい意見を出し合ってきた。森びとスタッフ間の“つながり”も大切に堅持している。文献で知り得たことを体験できることは素晴らしい。(森びとアドバイザー・高橋佳夫)

2024年5月 5日 (日)

自然界と人との”つながり”が見えてくると世界が拡がる

20240505_2 昨日(5/4)、松木川で釣りをしていた釣り人が「みちくさ」でひと休みしてくれた。この時季は松木川でフライを楽しむ釣人が多い。以前、私が出会った釣り人からは、「両岸に木の枝が少ないからポイントへフライしやすい」と訊いた。150年経った今でもハゲ山の跡が川の両岸は岩や石がゴロゴロしているから草木が少なく釣り糸が草木に絡まらないようだ。

20240505_3 20240505_4 以前、釣り人から見せてもらったイワナは天然ものの写真だった。そこで話になったのが、川面に落ちた枯葉が川虫の餌や寝床になって生きられる。その川虫を川魚が食べている。風で飛んできた枯葉は川虫と魚とって大切な森との”つながり”であることが解った。落葉広葉樹のふるさとの苗木を植えている私たちの森づくりが川虫や川魚につながっていることを釣り人から教わった。20240505_5 苗木を植えて来年は20年を迎えるが、小さな森は雪どけや雨水を溜めて、何年もかけてろ過して松木川に流しているだろう。その水はミネラル豊富な水となって米作りの水にもなり、やがては海に流れこみ動物プランクトンが海の魚の栄養源になる。それは私たちの栄養源でもある。Dscn8183 20240505_6 自然界と人間との“つながり”が頭に浮かぶようになると、ミネラル豊富な森の水は大切にしなければならないという意識が心に沁みとおる。「みちくさ」での出会いでは、釣り人やロッククライマーの皆さんから体験したことのない世界が見えてくる。それは狭い社会で生きている自分に気付かされる場面でもある。(森びとアドバイザー・高橋佳夫)

2024年5月 4日 (土)

自然界と人との出会いは森と生きる常識を養う

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 今日も足尾ダム駐車場は満車で、路上駐車があるかもしれない。その多くが中倉山登山者の車かもしれない。登山者は、山頂からの稜線上に生きる「孤高のブナ」(私たちは「無言の語り木」と呼んでいる)に宿る木魂に耳を傾けているのかもしれない。皆さんには人と自然界の“つながり”をつかんでもらいたい。20240504 20240504_2     2013年夏と秋の調査
 先月29日、森びとプロジェクトは「中倉山のブナを元気にする恩送り」を実施した。その報告をホームページで読むと、大雨や雪解けで流される土砂を防ぐブナの根の手入れでは、樹と人との“つながり”を知った方々の常識が活動に現れている気がする。20240504_3     2013年のブナの実

 昨年11月の「ブナを元気にする恩送り」に参加した父親が今年1月に急死、その息子さんが「父の背中を追いかけたい」と思い、4月下旬の恩送りに参加してくれた。また、渡良瀬川下流に住む方は、安心・安全な生活が営めるには上流の足尾の森が元気でないといけないと、足尾での森づくりを手伝いたいと言ってくれた。銅精錬の煙害に耐え抜いて生き抜いているブナと人との出会いが、人と人との“つながり”に結びつき、森と生きる私たちの希望になっているようだ。202405042013       2013年夏のブナ
 このブナを発見したのが2012年。その年、足尾の山を知り尽くしている男性から、稜線上に「ケヤキ」が生えているという話を聞いた。標高1500㍍以上にケヤキは生きられるのかと思い、森びとスタッフ松村宗雄さんと私は中倉山に登った。結果、それはケヤキではなくブナであることを確認。翌年の夏と秋にブナの観察を行い、現在に至っている。足尾の山を知り尽くす川口市の男性に出会うことがなければ、年間何百人もの登山者が中倉山の「孤高のブナ」に会いに行くことはなかったと振り返る。

P6135129 「みちくさ」での出会いは自然界と人の心を結び付け、人は樹々に恩返しをしながら安全・安心な生活を担保できるという常識が心に育まれていく。自然界と人との大切なつながり”を極端な気象の中でみつけていきたい。(森びとアドバイザー・高橋佳夫)

2024年5月 3日 (金)

自然界と人との”つながり”を探す足尾での出会い

20240503 2011年5月、足尾・松木渓谷入口にオープンした「遊慟楽舎」(愛称名・みちくさ)。オープン目的は自然界との出会い、人との出会いである。様々な出会いから自分の狭い世界を拡げたいと願ってオープンしてから13年目。「みちくさ」の番人(舎人と呼んできた)を振り返ってみると、様々な出会いがなかったならばひとりよがり的な人生になっていたかもしれない私。20240503_2 20240503_32024050320  松木渓谷周辺の草地には鹿、猿、アナグマ、野ウサギ、ツキノワグマ等の動物の糞があちこちに落ちている。しかし、いつの間にかその糞は粉々になって草の陰で見えない。フンコロガシの仲間達が糞を分解している。糞の中には動物たちが食べた草や木々の種が混じり、フンコロガシの仲間によって地中に運ばれるか、運ぶ途中で草原に落ちる。足尾の草地にはアキグミが多く生えている。それは昆虫たちが運んだのかもしれない。秋、アキグミの実が熟すと野鳥やキツネ等の栄養源になっている。勿論、私たちが食べても美味しい。また、アキグミは光合成を行って、私たちの生存に欠かせない酸素を生産している。20240503_4  「みちくさ」での出会いがなければ自分のいのちは草木や生きものたちと“つながっている”ということすら体験できなかった。人間社会での人と人の“つなかり”、見ようとしないと見えない自然界と人との“つながり”は人間を含む生きものたちの生存の常識であることを知ることができた。20240503_5

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 今日から75歳の森びとシニアスタッフの橋倉さんがその舎人に専念している。以前から番人をしてくれたが、「みとくさ」の主になろうとしている橋倉さん。森びと次世代シニアの山田さんも次の舎人を目指している。人間の都合で壊した森を甦らせたいと願って育てている森の若葉の風に触れてみませんか。森づくりアドバイザー・高橋佳夫

2024年5月 1日 (水)

持続可能な社会に向けた風力発電の裏で

 洋上風力発電は、再生可能エネルギーの切り札として大きな注目がされています。特に、秋田県は秋田港および能代港における洋上風力発電の日本初の商業ベースでの事業とされています。また、風力発電で得た電力は、再エネ全量買い取り制度によってすべて電力会社が買取るという制度となっています。

1c60a18ef0ac4107a5518c369c64215f しかし、問題はその中身です。電力会社は、自らの資金で風力発電の電力を買取るわけではないのです。風力発電の買取り価格から石炭発電の燃料費を差引いた分を消費者が負担するという、まさに電力事業者が儲かる仕組みになっているのです。つまり、風力発電を建てれば建てるほど国民の料金負担は増え、事業者は大いに儲かる構図となっている、ひどい話しです。それでなくても庶民は、低賃金、物価高で苦しんでいる中、さらに負担を強いられいます。E420696bcde14d3aa906c185c24e158e 地球温暖化対策は急務です。これは、富める人も貧しい人も地球すべての生命に対しての危機なのですから、温暖化対策には不平等があってはならないと思います。私は、微力ながら出来る限り森の再生に携わり続けていきたいと思います。(運営委員・大山博延)

2024年4月18日 (木)

厳しい自然と向き合い森をつくり、育てる

 4月12日、環境省は2022年度の国内の温室効果ガス排出量は二酸化炭素(CO²)換算で11億3500万トン、前年度から2.5%(2900万トン)減ったと発表しました。同省によると、温室効果ガスのうちCO²の部門別排出量は、産業(工場など)3億5200万トン、(前年度比5.3%減)家庭1億5800万トン(同1.4%減)など。一方で、運輸(自動車など)は1億9200万トン(同3.9%増)で唯一増加しました。コロナ禍出控えていた旅行を再開する動きが影響したと考えられています。

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 排出量から森林などによるCO²吸収量を差し引いた正味の排出量は10億8500万トン(同2.3%減)。吸収量は前年比6.4%減の5020万トンでした。かつて整備した森林の木が老木となって吸収が鈍化しているといい、今後も減少傾向が続くとみています。(4/13毎日新聞より)

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 世界に目を向けると、世界の森林面積は1990~2020年の30年間で1億7800万ha(日本の面積の約5倍)が減少しています。(林野庁HPより)

 森林減少の原因は、農地への転用、過剰な伐採、違法伐採、森林火災など、南米、アジア、アフリカなどの熱帯林の減少が目立っています。地球上には4000万種~1億種の生物が推定され、熱帯林には地球上ではごくわずかですが、生物の5割から9割が生息していると考えられています。生命を育んでいる「生物種の宝庫」である貴重な森林が熱帯林を中心に地球上から急速に失われつつあります。(森林・林業学習館HPより)

 温室効果ガスの吸収源である森林が30年で日本の面積の約5倍も減少している。欧州や中国など植林を進めている国もありますが、苗木を植えCO²を吸収できる大きさに育つまでは数十年かかり、気候変動はさらに森林の減少を加速させます。目先の経済的利益より人類を含む生物社会の命を守ることを優先させなければなりません。私たちは、(株)古河機械金属様に植栽地をお借りして植樹をおこなっていますが、足尾の荒廃地で「木々を、森を育てる」ことの困難さを、身をもって知りました。

Pa192377  臼沢の森

 コロナ禍で足尾に来て植樹が出来ない皆さんに代わり苗木を植える「里親植樹」を行った「臼沢西の森」は、植樹地の上部はむき出しの岩が風化して亀裂が入り、落石の多い場所です。今冬は足尾も降雪日が多く、岩の隙間に入り込む水分が凍り、気温の上昇に伴って融けると岩と岩、土壌がゆるみ落石も発生します。

 4月13日に加賀スタッフと「臼沢西の森」を見に行くと、土留めの甲羅板が崩れ落ちているのが目に入りました。何が起きたのか。木々は大丈夫か!と鼓動が早くなりました。

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 現地に立つと大きな岩が支柱を倒し、獣害柵を破り、甲羅板で段々に作った植樹地を壊しながら下の獣害柵で止まっていました。幼木を見ると、刃物でスパッと切ったように食べられていました。切り口から見ると落石で壊れた獣害柵の隙間から入り込んだウサギが幼木を食べたようです。周りにはウサギのフンが落ちていました。西側、東側の獣害柵を補強した目の細かい亀甲金網には岩が包まっていました。

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  20㎝程の積雪に食べる草が覆い隠され、温暖化にブレーキをかけようと植えた苗木がウサギのエサになる。人間、ウサギ、双方の命を守るための植樹ですが、ウサギは春には芽を出すように根まで完食せず、来年の食糧を確保するために「手加減」をしてくれる。

 私たち人間は、「次はウサギに食べられないようにしよう」と獣害柵を補強しますが、自然を制御することはできません。自然と向き合いながら手入れをしてきた森には、シカやサル、イノシシ、アナグマ、時々ツキノワグマ、鳥、爬虫類、昆虫など生き物が暮らし始めました。熱帯雨林には程遠いと思いますが森の中で生き物や葉の食跡を見つけると生態系が蘇りつつあると感じます。

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 4月16日、生物の生存基盤である地球の悲鳴がまた聞こえてきました。昨年COP28が開催された中東アラブ首長国連邦の最大都市ドバイを記録的な大雨が発生し各地で浸水被害が発生しました。テレビの映像では、空港や道路、家屋が冠水している様子が映され、24時間以内に250ミリを超す大雨が観測したところもあり、年間平均雨量の2倍以上に相当する大雨となったようです。この数十年で急激な拡大を遂げたドバイは、街の大部分がコンクリートとガラスで覆われており、雨水を吸収するための緑地はほとんどないとも伝えられています。私たちは気候変動の影響が世界各地に影響を及ぼしていることを直視しなければなりません。そして、嘆いている暇はありません。

202449 4月9日松木川の増水の様子

 故・宮脇昭先生いわく「希望の明日を拓くのは他人まかせではいけない。一人一人が自分の命、愛する人の命、かけがえのない遺伝子の細い絆を守るために、木を植え本物の森をつくる。これは、いつの時代でもどこでも、人類が生き延びるための正攻法であると確信している。まず植える。植えながら議論しよう。机上の議論をいくら繰り返しても、それだけでは不十分である。実際に木を植え、いのちを育てていこう。」(いのちを守るドングリの森 集英社新書より)です。

2023629 2023年6月の臼沢西の森

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 「里親植樹」に参加された森ともの皆さん。厳しい自然の中で生きぬく木々を見に来ませんか。一緒に森を育てましょう。

(運営委員会 清水 卓)

2024年4月 1日 (月)

「脱原発」を問い直す時がやってきた

20240401 先月に開催された運営委員会では1月発生した能登半島地震に関して意見交換をし、桜井代表の意見を訊いて、私はドキッ!としました。それは、能登半島地震では志賀原発のトラブルと地域住民の避難場所や避難方法が大きな課題として私に突き付けられ、森びとプロジェクトの規約にある「原発に頼らない・・・」とする活動はどうあるべきかを改めて議論していく必要があるのではないか、と自問自答しました。

 桜井代表は、東電福島第一原発事故時は“能登地震と同じように、道路は寸断され、避難するにも行くところは制限され、住民は孤立するのではないかと思った。県外へ避難しようとした市民の受入れ抑制をかけた一部行政、避難した市民への嫌がらせ等があり、「棄民」としての扱いを感じた”(要旨)と述べました。

 原子力発電関連産業を押し進める人たちには、弱者のいのちや健康よりも目先の利益が優先され、それを支える政治があり、雇用問題と関連業界・地方行政の財政的潤い等が岩盤のようになっています。この岩盤は情緒的な怒りやあるべき論だけを語り合っていくだけでは砕けないと思います。  

    地震大国日本、地震はいつ起こるか分からない、自然界の脅威をコントロールできない私たち。そして日本の原子力発電所は能登半島のような地域に多い。その上、想定外の異常気象が世界中の人々のいのちと健康を脅かし、その猛威は年々巨大化しています。この現実から目を背けずに、いのちと健康を守ることを第一にした活動を練り上げていかなければと思います。

20240401_154249_3    私は、珠洲市の住民が原発を稼働させなかった20数年間の住民運動からそのヒントを見つけだしたいと思います。6月の第5回総会で会員の皆さんと意見交換できることを願っています。(運営委員・大野昭彦)