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2025年2月19日 (水)

山(森)の権利は人が行使する!

2025023 NZのタラナキ山が人間と同等の権利を法的に有するということを当欄(2/16・「森びとオピニオン&アーカイブ」)で知った。背景には、植民地時代の政府が行った土地没収やマオリの権利侵害に対する先住民への権利と文化を尊重する政府の姿勢だと言われている。要するに、タラナキ山の自然保護とか、資源保護とかという考え方ではなく、精神的文化的な存在としての山ということらしい。2025025 先日(2/13)、『襤褸の旗』というDVDを観た。描かれていたのは、鉱毒被害に苦しむ農民と田中正造の足尾銅山操業停止を求める闘い(1900年)で、健康被害と命を守る農民の請願闘争だった。しかし、官憲の弾圧(1900年2/13)と、その後の行政の強制執行で村民は村を追い出されてしまい、操業は続いた。ちなみに、今月24日は足尾銅山が閉山(1973年)した。2025024 南半球の先住民マオリの世界観には、「真の文明は山を荒らさず 川を荒らさず 村を破らず 人を殺さるべし」(1912年6/17・田中正造の日記)という精神が貫かれているように感じた。この精神は、未来社会を生きていく次世代の心にも宿ってほしいと願っている。  (アドバイザー・高橋佳夫)

2025年2月16日 (日)

自然物の権利を考えてみる

ニュージーランドのタラナキ山は法的に人間と同等の権利が認められているのだそうだ。山などの自然にいのちを見る先住民マオリの世界観が認められたのだとか。こうした流れはまだ主流ではないけれど、インドやエクアドル、ボリビアなどといった国でも同様の例があるらしい。

R0002929伊豆の鎮守の森にあるイチイガシ

いっぽう今の日本を考えてみる。「山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)」をたたえる文化はあるけれど、果たしてその実はどうなのだろう。神宮外苑の杜もあれだけの反対があっても伐採は止まらない。太陽光が必要だと言えば山を削る。虫や他の生き物は邪魔だから気持ち悪いから殺せという。環境に悪いとわかっていながら農薬を大量に使い、便利だからと安いプラスチック製品を買ってしまう。そして困ったことに、ほとんどの人々が都市で生まれ育つことで、自然を軽んじる風潮がさらに進むのではないかと言われている。

ほとんどの人は善良である。すべての命は大切だと言う。でもどういうわけか、深く考えることなしに自然に優しくない選択をしてしまっている。それはたぶん、これまではそれが当たり前だったからだろう。冒頭の、山が権利を持つ、そんなことは多くの人にとって思いもよらないことに違いない。でも、樹木や花、石ころまでにも何らかの権利があるのだとしたら、そしてそのうえで新しいテクノロジーがうまく使われるのであれば、それはきっと今よりずっと良い世界になるに違いない。と思うのである。(運営委員 小黒)

2025年2月 1日 (土)

「温暖化」は止まらない

 1月19日の日経新聞1面に「集中豪雪」という言葉が出ました。集中豪雨という言葉は最近では残念ながら頻繁に見聞きしますが、集中豪雪は初めて。年末年始には青森県を中心に大雪が降り、落雪、除雪などに関連して7人の方が亡くなっています。

 日本列島の冬の降雪は、日本海の水蒸気を含んだ西風が、脊梁山脈にあたり雪を降らす仕組み。温暖化により海水温が高くなると水蒸気の量も多くなり、雪の量も増えます。

1 日経新聞1月の記事

 私の住んだことのある降雪地域は、北見、帯広、札幌、日高、山形、日光、長野の7カ所。場所ごとに特徴のある冬を過ごしました。帯広では家の中でコンセントが凍り、札幌では電信柱に車が登り、北見では2004年1月の「北見豪雪」。3日間で113㎝も積雪が増え、最深積雪は171㎝。市民生活は完全に止まりました。

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室内で凍り付くコンセント 爆発しそう

 また、山形の雪は特別で、なんといっても重たく、粘つく雪が降ります。普通、道沿いのガードレールは車がぶつかり曲がりますが、山形では支柱の間で縦に曲がります。粘る雪が解けるとき、その沈降力で引き下げられるのです。ちょっと想像しにくいでしょ。残念ながらその写真はないのですが、雪の粘りがわかる写真を。

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軒先でカールする雪 粘りが強いので軒先から滑っても落ちない

 千葉へ来てからウインタースポーツはご無沙汰していますが、スキーができなくなるとかの問題ではなく、まさに生物の生存の脅かされるのが、地球温暖化問題なのだと思います。

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1月の日経新聞記事 海の生態系はかなり危ない

(運営委員・井上康)