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2024年9月15日 (日)

福島第一原発2号機燃料デブリ取り出しと廃炉はいつ完了するのか?

    8月22日、福島第一原発2号機の溶け落ちた核燃料デブリの取り出しが開始されるはずだった。しかし、人為的ミスで延期。2週間かけて3グラム取り出す予定が延期された。そして、9月10日に再び開始された。溶け落ちた燃料デブリは880トンとされ、東電は今も廃炉まで30~40年と言い続けている。2週間で3グラムずつ順調に進んだとして、1,150年以上かかる計算になる。これでは廃炉完了は夢のまた夢ではないか。

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    一方で、原発被災地周辺の復興に目を向けると、人口減少の加速化や少子高齢化が急速に進んでいる。原発事故前と現在の人口を比べると、南相馬市75%、浪江町8%、双葉町5%、大熊町4%等の現状にある。

「福島の復興なくして日本の再生なし」と野田総理から安倍、菅、岸田まで言い続けてきたが「福島の復興」はいつになるのか?「怒り」を通り越して「諦め」感の中にあるのが被災地福島の現状ではないか。

    現在、自民党総裁選挙、立憲民主党代表選挙が行われている。この中で「福島の復興」、「福島第一原発の廃炉」については誰も触れていない。日本の政治家の無責任さと無作為さを感じる。

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    日本の政治家よ、ドイツの政治家を見習え!

(運営委員会代表・櫻井勝延)

2024年9月10日 (火)

「気候変動関連死」のリスクを下げる市民の力

 先月は足尾・松木渓谷入口にある「みちくさ」で、今月は一昨日の深夜に体験した一時間に100㍉もの大雨の恐怖。足尾では土砂で簡易ハウスが流されるのではないかとビビり、自宅では草木が踏ん張って土砂流出を起きないように祈った。20240910 9月に入っても猛暑日で熱中症に注意する日々が続き、同時に、局地的な大雨災害にも注意しなければならない日々が続く。日本各地は日本海と太平洋からは温かい大量の水蒸気を含んだ雲が陸地に流れ、山にぶつかり、寒気に冷やされ大雨になっている。その気ままな雲の動きでビビったり、森の力に頼って災害から逃れたい私。暑さは農漁業にも被害をもたらし、弱者の食生活をも苦しめている。台風シーズンのなかにあって、今までのような生活観でいられなくなった。202409105 夜(9/10)、「クローズアップ現代」いうTV番組を観た。感じたことは、気候変動関連死のリスクは弱者や低所得者が高いということ。リスクを低くするためには、①正しい情報をつかみ拡げる②共有した情報を基に声をあげて、リスクを減らす目的を実現させるアクションを起こす③その力を借りて私たち生活をも見直す④この市民運動が世界の海水温度を下げていく「地球びと」のうねりとなる“希望の松明”を掲げよう、ということであった。20240910_2 誰もが感じていることは、一時間に100㍉以上の大雨の勢いは人間力で防げるという考えは通用しなくなったことではないか。自然界の猛威には逆らうのではなく、「いなす」という先人の知恵が役に立つ時代がやってきた。台風10号が教えてくれたことはコンクリートだらけの都市や街では先人のその知恵も活かされないようだ。目先きだけの備えたけではいのちを縮める結果につながっていくということが見えてきた。 (森びとアドバイザー・高橋佳夫)

2024年9月 1日 (日)

台風10号の恐ろしさから改めて心に誓う

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 台風10号は衰えを見せてきましたが、その猛威は驚くほどでした。中心気圧が935hPaまで発達し、瞬間風速70㍍、台風の動きは遅く、広範囲に記録的な大雨を降らせながら土砂災害や河川の氾濫など被害を各地に巻き起こしています。私は、想定外を超える”スーパー台風”に直面し、恐怖感を感じています。離れて暮らす子や孫を心配すると同時に、台風の進路上に生活している方々の様子をTVで観ていると、今後もこのような異常気象が襲ってくるのではないかと不安になっています。

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 少しでもこの不安を無くしたいと思い始めたのが足尾の荒廃地での森づくりです。台風10号の猛威から息子や孫たちの社会を考えると、気候危機に向かっていく「社会運動」を創りださなければならないと思いました。

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 今から130年程前の足尾松木沢は、豊かな森の恵みに支えられて松木村の村人は生活していました。ところが傲慢な人間の経済活動が山を荒らし、川を荒らし、村人の生活を奪いました。その村人と渡良瀬川流域の農民を鉱毒から守るために闘ったのが田中正造ですが、「真の文明は山を荒らさず 川を荒らさず 村を破らず 人を殺さざるべし」ということを改めて振り返りました。そこから気づいたことは、“山を荒らさず・・・”の背後にある彼の考え方には、“人は森に生かされている!人は森に寄り添っていかなければ生きていけない!森は大切な友だち!”ということがあったのではないかということでした。さらには、官憲に弾圧され続けながらも農民たちと闘ってきた運動の大切さと、そのリーダーの志と情熱を現代社会の社会運動に活かしていくことではないかと思いました。

 農民と田中正造の闘いは、政府や議会の「治水論へのすりかえ」や官憲の弾圧で追い込まれてしまったので、広く社会の人々に訴えることを決意した田中正造は命を賭して明治天皇に直訴(1901年12月10日)しました。

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 かつての松木村民や渡良瀬川流域農民の思いに寄り添いながら、足尾のふるさとの木を植えて来年で20年を迎えます。多くのボランティアの皆さんと共に約8万本の木を植えて、小さな森が育っています。いま私たちがやらなければならないことは、台風10号からの警告をうけて、「いのちの母体である地球(森)を破壊する自由はない」、「森は大切な友だち」、「森に寄り添って生きていくためにはエコシステムのサイクルを健全に戻す」という立場を鮮明にした社会運動の実現ではないかと思います。

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(運営委委員:大野昭彦)